ぼくとぼくらの無添加パン
母のスマホから届く“新しい”パン
ぼくの家は、ちょっとだけ変わってるって思う。いや、別にすごいことじゃないんだけど、ママが毎日スマホを片手に「今度はどれにしようかなあ?」ってつぶやいてるんだ。それがちょっと不思議。ママはおしゃれな服とか雑貨とかをネットで見るのが好きなんだけど、最近は、なんと「パン」を通販で注文しているらしい。ぼくは正直、「パンならスーパーとかパン屋さんで買えばいいのに」って思ってたんだ。でも、ママの話を聞くうちに、へえ、っていう気持ちになった。
「無添加パン」とか「グルテンフリー」って、どんなパンだろう? ママは「余計なものが入ってないから、からだにやさしいんだよ」と言う。ぼくは“やさしい”と聞くと、やわらかくてふわふわなイメージが浮かぶ。もちろん、パンがやさしく話しかけてくるわけじゃないけど、なんとなく気になるじゃないか。だって、いつも食べてるパンとどう違うの? こわごわパッケージを見てみると、“酵母”っていう文字が目に入った。なんだろ、こうぼ? 実験で使ったアルコールみたいなものかな。ママに聞くと、「パンがふくらむのに大切なチカラなんだよ」と教えてくれた。
ある日、学校から帰ってきたぼくは、キッチンに大きな段ボール箱が置いてあるのを見つけた。どうやらママが“お取り寄せ”したパンが届いたらしい。荷物を開けると、紙の袋やビニールの中に丸っこいパンや食パン、さらに四角いパン生地のようなものがどっさり入っている。見た目は普通のパンと変わらないけど、袋の裏を見ると「グルテンフリー」とか「無添加」とか、いろんな文字が並んでる。ぼくは興味津々で鼻を近づけた。すると、ふわっと香ばしい匂いがする。まだ温めてもいないのに、ほんのり甘くて、どこか安心するような香りだ。
その夜、ママが「明日の朝ごはんはこのパンを焼いてみよう」と言って、いくつかのパンを冷凍庫に移すところを見た。どうやら、すぐ食べる分以外は冷凍庫に入れておくみたい。うちの冷蔵庫にはいつもヨーグルトとか牛乳が詰まっているのに、それに加えて冷凍庫にパンまで入って、なんだかおもしろい光景。ママ曰く、「無添加だから賞味期限があんまり長くないけど、冷凍すれば大丈夫なのよ」とのこと。へえー、パンって冷凍してもいいんだ。正直、ちょっと衝撃だった。
ふわふわの秘密はグルテンフリーと酵母?
翌朝、いつもより早く起きてダイニングに向かうと、ママがオーブントースターを使ってパンを温めていた。キッチンには、スーパーで買ういつもの食パンよりも、もっとこう……なんだろう、深い香ばしさというか“ほんもの”感みたいな匂いが漂ってるんだ。まだ寝ぼけまなこだったぼくの目が、一気にパチッと開いた。「おはよう。もうちょっとで焼けるから待っててね」とママが言うから、ぼくはイスにちょこんと座ってわくわくしながら待つ。
トースターの「チーン」という音が鳴って、ママがパンをお皿にのせてくれた。見た目は普通のパンだけど、こんがり焼き目がついていて、ほんのり湯気が出てる。あまりに美味しそうだから、ぼくは思わずパクッとかじりついた。すると、ぱりっとした表面のあとに、驚くほどもっちりとした食感が口の中に広がるんだ。歯ごたえはあるのに、かむほどに甘みが出てくる。「わあ、なにこれ……おいしい!」と声をあげると、ママもにっこり笑って「でしょ?」と言う。塩気や甘さが強すぎず、すごく自然な味がする。なんというか、普段は気づかない穀物の香りみたいなのがあって、噛むたびに「生地が生きてる!」って思うくらい。
そういえば、このパンはグルテンフリーって書いてあった。グルテンって、確か小麦粉の中に含まれるものだと学校で習った気がする。アレルギーがある子もいるって先生が言ってた。でも、このパンなら小麦を使ってなかったり、アレルギーの原因をうまく抜いたりしてるってことなんだね。クラスに一人、アレルギーがあって給食のパンが食べられない子がいるから、これならその子と同じものを食べられるかもしれない。ぼくはパンをもうひとかじりしながら、その子のことを思い出していた。
そして、食べ終わったあとも不思議と胃がもたれない感じがする。ママは「これが無添加のいいところよね。自然な酵母を使っているから、体に負担が少ないんだよ」と教えてくれる。ぼくはちょっと「へえー」と感心しつつ、「無添加パンってだけで、こんなに違うんだなあ」としみじみ思う。なんだかぼくがいつも食べていたパンとは別の食べものみたい。素材の力ってすごいんだね。
おうちが宝箱になる、お取り寄せ体験
食後、ママは「また通販で追加注文してみようかなあ」ってスマホを手にとる。いつものお店に加えて、ほかのお店も探しているようだ。無添加パン、グルテンフリー、酵母……いろんな作り手が工夫を凝らしているらしく、それぞれ魅力が違うらしい。ぼくはママの横に座って、パンの写真を見ながら「あ、これ面白そう!」って指を差す。するとママが「じゃあ、これも頼んでみようか」と楽しそうに言う。たまには近所のパン屋さんにも行きたいけど、おうちでいろいろ試せるのも悪くない。まるで、パンの冒険してるみたいだ。
気がつけば、ぼくもいつのまにか「無添加パン」のファンになっていた。あれこれ試してみたくなるし、いくつかのパンはお菓子みたいな甘い香りがするから、朝食だけじゃなく、おやつにもぴったりなんだって気づいた。最近はパパも仕事の合間にパクッとつまむようになって、「これ、ほんとに体にいいのか?」なんて言いながら満足そうだ。
思えば、パンなんてどれも似たようなものだと思っていたけど、違うんだね。ぼくは10才だけど、こんなふうに自分の舌で「素材って面白い」って感じられるのはすごく貴重な気がする。もし友だちの家に行くときにも、このパンをお土産に持っていけば、きっと「なんだこれ、うめえ!」ってみんなが喜んでくれるはずだ。
そう、賞味期限はちょっと短いみたいだけど、だからこそフレッシュなうちに食べる楽しみがあるっていうのが、なんだか贅沢だ。ママがスマホを片手に「今日はどれを食べようかな」ってにこにこしている姿を見て、ぼくはふと「たしかにいい選択かも」と納得してしまう。このパンが冷凍庫にストックされているだけで、うちのキッチンがちょっとだけ宝箱みたいになるんだ。